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囲碁、将棋

 昨年、将棋の羽生善治九段が、竜王のタイトルを獲り名誉竜王となり、将棋の全てのタイトル戦で名誉称号を得た。また、囲碁の方では、井山裕太九段が、2回目の囲碁での日本の七大タイトルを独占し、二人が国民栄誉賞を授与されたことは、囲碁や将棋をやらない方でもご存知だと思う。

 また、一昨年、将棋の世界で、中学2年14歳の若さで、藤井聡太(現七段)さんがプロになり、昨年連勝記録を塗り替え話題になったことも有名で、少年の世代で将棋人気に火が付いたと報道されている。

 また、囲碁の方でも、女性の愛好家が増えていると聞いている。しかし、地元の福井では、将棋や囲碁への関心は薄く、私の子供の頃のように、他に遊びが無く、子供同士が将棋で遊ぶという習慣は減っていると感じている。その為、あまり会社でも、囲碁や将棋のことは話をしないが、秘かな趣味として私もテレビ等で、囲碁、将棋を愛好しており、段位までは届かないかもしれないが、どちらも1~2級のレベルだと思っている。実戦をする機会が無いので、厳しい道場だったら3~4級かも知れないが、もっぱら家で時間があると囲碁将棋チャネンルを見て、日曜はNHK囲碁将棋のトーナメントを録画して見るようにしている。昨年や今年、藤井聡太七段が戦っている姿が生中継され、とても楽しませて貰った。

 その囲碁将棋チャンネルの番組の中で、囲碁で竜星戦という独自のタイトル戦がある。予選が8組、勝ち抜き戦で、予選の組の最多連勝者と最終勝ち残り者が、決勝トーナメントに進み、トーナメント優勝者がタイトルを獲る仕組みになっている。その為、若手の人材も勝ち抜くチャンスがある棋戦となっている。

 この竜星戦だが、中国でもテレビトーナメントとして開催され、今年からは韓国でも、少々ルールは違うが始まり、それも、同時通訳で日本で見ることが出来るようになった。中国や韓国の竜星戦をたまに見ることがある。どこの国でも解説者はベテランのプロ高段者、聞き手もプロの女流有段者となっている。しかし、日本の解説者や聞き手と違い、解説者は指し手の一手一手の良し悪しや、予想を言い、聞き手も自分の意見を言うようしており、日本の竜星戦の解説やNHKの囲碁トーナメントの解説に比べスピード感や迫力が違い結構見ていて面白い。また、近年のAIの影響もあり、AIならどう指すという言い方が多い。番組ではAIに次の一手を予想させながら解説しているのかも知れない。

 将棋の世界では、羽生竜王や藤井七段のような天才が現れ、活況を呈しているが、残念なことにルーツが同じものが中国や韓国にあるが、ルールが違う為、世界戦は行われていない。しかし、囲碁の方は世界共通で、以前は日本がトップレベルだったが、現在は中国、韓国の方のレベルが高くなっている。日本の囲碁のプロには、中国、台湾、韓国出身のプロも多いが、日本代表として世界戦に出場しても、なかなか勝てないのが現状だ。

 昨年、日本のトップの井山七冠が世界戦で決勝まで勝ち進んだ。しかし、残念だが中国の棋士に一勝二敗で負けてしまった。実力的には井山七冠は世界的にもトップレベルだと思うが、中国や韓国で鍛えられたスピード感に付いていけない点があるのかも知れない。スピードに関しては、反射神経が速い若い人ほど有利で、中国や韓国では十代から二十代の前半のプロがタイトルホルダーになっている。

 囲碁、将棋の世界でも今日、AI、コンピューターの方が人間より強くなってしまった。一手一手のプロの指し手に関しても、コンピューターがその手の点数を付ける事が出来てしまう。プロの勉強法もAIを使うようになった。従来常識とされた定石もAIの影響で近年変化するようになった。しかし、コンピューターに勝てないプロ同士の世界戦だが、感情もあり間違いもある人間が指すから面白い。是非、日本の若手プロには、AIを使って世界のタイトルを獲ってほしい。

 最後に、プロでも究極の指し手が分からない囲碁や将棋だが、3手先が分からないアマチュアの私にとっては、気分転換につながる恰好の趣味となっている。

大坂なおみ選手と大谷翔平選手

 海外出張中、特に中国の工場のある場所では、会社やホテルでは日本のテレビが映らない為、スマホでスマートニュース(SmartNews)を見ることが多い。特に台風や雪など日本の気象状況は気になり、情報源として非常に助かる。プロ野球の結果も気になるが、こちらもお世話になっている。

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 今回の出張中は、大坂なおみ選手が全米テニスで優勝したことから、彼女の報道を特に見かけるようになった。日本ではWOWOWが独占中継して、試合の実況は見られなかったが、中国のCCTV5では全試合無料で視聴出来たようだ。中国に駐在の日本人の工場長からは決勝の試合を見たと報告を受けた。中国語もかなり理解出来るようになった彼でも、実況中セリーナウイリアムズ選手が抗議し、試合が度々中断したことの理由や詳細は分からなかったようだ。スマホでは、彼女の行動の良し悪しのコメントがのせられていた。

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 出張前、優勝セレモニーの様子は、NHKの報道で見る事が出来た。彼女のスピーチの内容はとても立派だったと思う。スマートニュースでは大坂選手の帰国後の記者会見が出ていたが、質問の内容が芸能人並みのプライベートな質問が多く、レベルが低いと報道されていた。日本のマスコミも国際レベルを意識する必要があるようだ。また、韓国の報道では、彼女は日本人なのかという疑問の声が出ていると伝えられている。

 彼女の生い立ちだが、日本人の母とハイチ系アメリカ人の父との間に生まれて、4歳の時にアメリカに移住し、国籍は日本籍と米国籍を持っていると聞いている。インタビューを見ていると日本語は残念ながらほとんど出来ないようだ。全米で日本人初というのには少々抵抗があるとの韓国人の意見もうなずけないことはない。むしろ、米国に渡って、どの様にテニスの英才教育を受けたのか、肝心なことを知りたいし報道してほしい。

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 スマートニュース見ていると、今年、特に報道が多いのは大谷翔平選手のことである。試合での彼の活躍は関心もあり、つい見てしまうが、最近の報道では、打球の速度のことが取り上げられている。日本のプロ野球では、投手の球速は良く報道されるが、打球の速度の話は聞いたことが無い。また、他の大リーグ関係の選手や解説者のコメント等、現地での報道した内容を、さらに伝えるものばかりだ。報知新聞や日刊スポーツの記事が多いが、これらのマスコミが直接取材したものは少なく、何か安上がりに感じる。

 日本のマスコミの報道だが、取材費に問題があるのか、聞いた話の伝聞報道と、あまりにも偏りが多いと思っている。同じ大リーグで頑張っている田中選手や前田選手のことは、大谷選手に比べると少なく、人気の移り変わりを感じ「はかなさ」を感じる。また、取材費、マスコミのレベルの問題で難しいかも知れないが、世界ではもっと他のスポーツでも活躍している選手がいるはずで、その報道をしてほしい。中国のCCTV5を見ていると、オリンピックでしか見ることが出来ない、日本ではマイナーと思われる、あらゆるスポーツが取り上げられている。今日もフェンシングや乗馬が映っていた。

 選手層の厚いメジャーなスポーツで、世界で活躍することは大変なことで、人気も高くその報道も大切だが、マイナーなスポーツでも、世界で活躍すれば是非報道してほしいと思う。それにしても、大坂選手の快挙や大谷選手のホームランの報道は災害の報道が多い中で、海外出張中の楽しみな清涼剤となっている。

働き方改革

 本年の通常国会では、「働き方改革」が論議され、当社の企業活動にはあまり影響は無いが、関連法案が成立した。その中で、与野党で議論されたのが日本人の働き過ぎで、過労死の原因となった残業の取り扱いと、裁量労働制の一部導入の問題で、与野党が激しく攻防したが、本質的な議論がなされたのかは疑わしいし、改革の成果がもう一つ伝わってこない。

 その中で、日経ビジネスの「賢人の警鐘」というコラムで、日本証券業協会の鈴木茂晴氏の「働く環境や処遇の整備は会社の責務。副業や雇用流動化でごまかすな」というタイトルのコメントがあったので、今回はそれについて考えを伝えたい。是非、読者の方からご意見を伺いたい。

 その内容に入る前に、今年は「働き方改革」に関連して、様々な記事や講演会があったので、それを紹介したい。

 4月頃のやはり日経ビジネスの特集だが、「日本電産 真の働き方改革」というタイトルの特集があった。日本電産はモーレツな働きぶりで有名な、永守重信氏が一代で築き上げた会社で、ご存知の方も多いと思う。サブタイトルに『「元日以外、仕事は休まない」。こう公言してきた男が豹変した。一代で世界を代表するモーターメーカーを築いた永守重信・日本電産社長。自他共に認めるハードワーカーが今、目指している目標は、「2020年度に残業ゼロ」だ。長時間労働が代名詞だった日本で、何事も徹底して取り組む永守氏はどうやってこの目標を達成しようとしているのか。』というものだった。その内容の中で、永守社長がその様な発想の転換のきっかけになったのは、次々と買収してきた海外企業の中で、日本企業より働く時間が少なくて、より生産性の高い会社があったことで、ご本人のコメントでも、「欧米の企業は残業しないし、休暇も全部取る。その割に業績は悪くない。いったいいつ働いて、どうしているのかと不思議でした。一応ものの本なんかで知っていましたが、実際に欧米の企業を買収するようになって、『なるほど、こういうメカニズムなのか』とわかってきた」「長い時間働くのとどちらがいいかと言ったら、短い時間働いて同じ業績を上げる方がいいに決まっています。『日本のやり方が間違っているんじゃないか』と思い始めたんです」と語っている。

 同社の目標は、2020年までに、「生産性2倍!残業ゼロ!」となっている。猛烈さは変わらないが、その中で紹介される、生産性向上への取り組みはとても参考になり、特に会議運営を徹底して効率化した取り組みは、当社の方でも早速取り入れさせて頂いた。

 働き方とは、少々視点が違うが、今年の5月に、福井経営品質協議会 設立20周年記念講演会で、講師の中小企業診断士の瀬戸川礼子氏の講演も紹介したい。そのタイトルが『「いい会社」のよきリーダーが大切にしている7つのこと』で、①数字より心を大切にする ②スピードより順番を大切にする ③満足より感動を大切にする ④威厳より笑顔を大切にする ⑤仕事に感情を持ち込む ⑥率先垂範せず主体性を大切にする ⑦効率より無駄を大切にする となっている。当社の女性幹部社員を連れての参加だったが、近年、女子社員の比率が3分の2になってきている当社にとっては、ダイバーシティ化の中で働きやすい職場づくりを行ううえでとても参考になった。

 また、6月の福井県経営者協会の総会後の講演会で、当時カルビー株式会社の会長兼CEOだった松本昇氏のお話を聞く機会があった。題名は「Change,or Die! カルビーの働き方改革」で、これもとても参考になる内容だった。とても論理的な方で、小事にこだわらず、大局から物事の本質に迫る、もうお亡くなりになったが、戦前の有名な陸軍参謀で伊藤忠の会長もされた、瀬島龍三氏のお話を彷彿させるものだった。その中で、板橋にあった7階建ての本社を、東京大手町のビルのワンフロアーに移転したこと、そこには役員室や会議室を設けなかったこと、優秀な女性の地区統括責任者が、家事と両立できるように配慮した話などが印象的で記憶に残っている。

 また、「一害を除く」ということを話されたが、これは、「一利を興すは一害を除くに如かず、一事を生かすは一事を省くに如かず」という、13世紀大モンゴル帝国の、チンギスハンの知恵袋だった、耶律楚材の言葉だが、知恵のあるリーダーが、部下の意思統一を行う事に役立ち、余計なことをさせないことで、働く時間の効率も良くなると思う。

 さて、前置きが長くなったが、冒頭の鈴木氏の主張では、「副業」について、「個人的には副業は筋が立たないと思っている。社員には毎日、最高のコンディションで一生懸命働いてほしいと考えているからだ。退社後や休日はゆっくり休んだり、自己研鑚に励んだりしてほしい。いくら本業に差し支えない時間とはいえ、休みを使って働いたら、そのうち本業にも悪影響を与えてしまうのではないか」、さらに、「働きに応じた処遇をきちんと整備すれば、従業員のモチベーションは上がり、やりがいを持って仕事ができる。その結果生産性も上がる。副業を始めようと考える人も出なくなるだろう。」と述べている。

 確かに、経営を預かる私の立場からは、そうあってほしいと思っている。しかし、これで大多数の社員はそれで満足するとは思うが、もっと稼ぎたい、今の会社では得られない違う体験をしたいと思う人は、いくら待遇や処遇を良くしても満足しないのではないか。自己の成長と、会社での成長が一致すれば良いが、社員を縛らない複数の選択が出来る制度も必要だと思う。

 「働き方改革」の中で、出来るだけ無駄を排し、残業を減らし、効率よく働けるように、個々の企業努力は必要だ。その結果、余暇の時間も増加すると思うが、貴重な時間をキャリアアップ、自己啓発に使おうとする人も、今後増加していくと思う。一企業で長く働くというこれまでの日本人の職業意識も、これから変遷していくのではないか。今後、どの会社で働くのかということから、どの様な仕事をしていくのかという考えを持つ人も多くなっていくのではないかと思う。その様な人の中に、次の経営を任せられる人がいるかもしれない。その様な多様な人財を受け入れることが出来る会社を目指したいと思っている。また、理屈とは別に、感情として「この会社が好きだ」と多くの社員の方々に思っていただけるようにしなければと思っている。

台湾

 中国出張中、子会社があるところでは、ホテルも会社でも日本のテレビ放送を見る事が出来ない。もちろん新聞も無い為、情報源はスマホで見るスマートニュースがほとんどだ。今回の出張は西日本豪雨直後の7月10日からだったが、豪雨による被災状況が心配なのと、サッカーワールドカップ開催があり、ニュースをチェックする機会が多かった。

 そのニュースの中に、今回の被災に対して、台湾市民からの義捐金が送られたとのニュースがあった。東日本大震災、熊本地震等でも、何時も台湾から真っ先に義捐金が届く。今回も対応が素早い。しかし、この様なことがある度に、隣国の韓国、中国と対日感情でどうしてこのような差があるのかと感じている。

 私自身の台湾訪問の回数は少ない。90年代、台湾の資材を調達し、中国で製品化することがあり資材サプライヤーの工場を訪問したのと、また、通販業者向けにブラジャーを生産するため、台湾の本社に訪れたことがあったことが過去あった。最近では6年程前に、福井商工会議所が台湾の企業との交流を深める為、ツアーを組んだのに参加した程度である。その時の懇親会だが、特に親日的な人が集まったと思うが、とても和やかなパーティだったと記憶している。

 6年前のことで記憶がかなり曖昧になっているが、台湾ナンバーワンの経編メーカーにも折角なので訪問させて貰った。その時、工場のある郊外の田舎町と田園風景が、日本の田舎と良く似ていて親近感を覚えたのと、その会社の会長夫婦の下の名前が、日本人そっくりだったのに驚いた。毎年のように日本の観光地や温泉には、夫婦で行くとのことで、とても親日的だった。

 中国本土にも子会社があっても不思議ではない規模なのだが、海外進出はタイだけだ。理由は資力が無いからだというが、本音は分からない。台湾には、国民党と一緒に、中国本土から移住した人がいるが、深くは尋ねなかったが、国民党嫌いで、大陸から移住した本省人では無いようだった。

 戦前、日本は台湾と韓国を、植民地として統治した。しかし、全ての台湾人が親日的とは思えないが、対日感情には大きな差があるように思える。当時の統治の方法にどの様な差があったのかは、戦後生まれの私には聞かされていない。もし、その事情に詳しい方がいれば教えてほしい。

 現在、当社では、中国籍の中国人が3名、韓国人が1名働いている。かつては、台湾籍の中国人も採用したことがあった。福井経編の方には、昨年から台湾人を採用している。それぞれ優秀で、日本人が不得意の英語に堪能な社員も居り、海外工場の生産管理や資材調達等の業務を担って貰っている。

 福井県の方で、海外からの観光客を誘客しようと、県と友好提携関係の中国浙江省に誘致活動を行ったことがあった。しかし、中国本土からの観光客はあまり増加していないようだ。最近では、台湾や香港の方に活動の重点を移しているが、小松からの台北便が就航したことから、台湾からの観光客は増加傾向のようだ。

 今年の初めの頃だが、台湾の旅行ジャーナリストが寄稿した、タイトルが「青花魚」(サバ)という本が発刊された。内容は福井の田舎の家に民泊して、そこを起点に、比較的マイナーと思われる台湾人の目線で面白いと思われる観光地を紹介したものである。1週間程度の滞在を彼らの言葉でいえば「微住」というらしい。福井に住む私達にとっては、普段当たり前に写る光景の中に面白いと思われるものがあるらしい。余談だが、本の中での福井は「飛行場や新幹線も無い、日本の秘境」と紹介されている。

 この本を、当社にいる中国人や経編の台湾人に見せて感想を聞いたが、中国人は興味が無かったようだが、台湾人の社員の方は大変良かったとの感想を寄せている。同じ中国人でも、感性の方はやや違うのだと思う。

 現在の台湾の政権は、民進党の蔡政権となっている。国民党では無く独立色の強い政党の為、中国本土からは様々な圧力を受けている。その事も、親日的になる要因かもしれない。今回の義捐金の件だが、日本人の私としては本当に感謝している。ただ、日本政府の方は中国に遠慮してか、台湾からのラブコールに対しては、対応は冷たすぎると思っている。

 当社の方は、直接子会社が台湾には無い為、私自身が商用で訪問する機会は無いが、間接を含め、仕入れ先として台湾系企業との取引がある。また、カンボジアでは、台湾系企業も多く親しくした企業もあり、台湾の人との交流は続いている。日本に地理的にも近く、心情も日本の良いところを理解してくれる台湾の人との交流は、今後も大切にしたい。

金華市、義烏市、嘉興市訪問

 今回の中国出張で、久し振りに、表題の浙江省にある都市を訪問したので、中国のそれらの近況をお伝えしたい。

 当社の中国子会社、浙江蒂娜尓時装有限公司(以下 ティナー)は、名前にある通り、中国浙江省に2002年に設立した会社である。浙江省は、中国上海の西隣に位置し、面積、人口が韓国(大韓民国)とほぼ同じの6千万人の人口で、台湾と近いことから国営の重工業は少なく、繊維など軽工業が盛んで、所得は全国の中でも一番高い所得の省である。省都の杭州市は人口600万人で、昔、南宋の時代の首都となった都市である。次に大きいのはかつて永平寺開祖の道元禅師が学んだ天童寺のある寧波市で約500万人、4番目に春秋戦国時代の越の国の都、お酒で有名な紹興市で約400万人となっている。

 ティナーは、4番目の紹興市の中の諸墍市(ショキZhuji)という町に所在している。その諸墍市だが、広さは福井県の越前地方とほぼ同じ面積で、人口は100万人になっている。

 現在も福井県は浙江省と、また、福井市は杭州市とそれぞれ友好提携契約を結んでおり、紹興市と福井県芦原市も戦前の偉人魯迅との関係で友好提携している。

 当社が進出したのは、その様な友好関係での往来が盛んな頃で、当時は福井商工会議所も駐在員を杭州市に置いていた。

 2000年頃からだが、当社も取引先から海外進出を強く促されるようになった。既に業界では、北は大連、青島地区、南は広東省にかなりの企業が進出しており、その時期だと後発になる為、同業が少ない上海地区が良いのではと考えた。また、隣の浙江省とは、行政が友好提携を結んでいて、当時の商工会議所駐在員を伝手に、省内で提携出来そうな企業を探して貰い、ラウンドすることとなった。

 紹興市を皮切りに南に新昌、それから金華市、湖州市、嘉興市をラウンドした。当時は、上海→杭州→寧波市までは高速が出来ていたが、これらの市の移動は全て一般道路で、高速網が出来た現在では考えられない長い道程だった。金華から湖州に移動する途中、是非寄ってくれということで、進出当時の諸墍の工場を見学した。留守番役の人が工場を案内しただけで、短い立ち寄りだったが、まさか2年後そこに進出するとは、不思議な縁を感じている。

 前置きが長くなったが、最初に紹介する金華市は、軽工業が盛んな浙江省では、珍しく重工業が盛んな町である。また、台湾人がわざわざ買いに来るという金華ハムが特産品になっている。2000年最初に訪れた時は、下着を専門に作っている工場は、若い夫婦が経営している60~70人程度の工場が唯一ある程度だった。その時は、創業から経験も浅く外国人への警戒が強いのか注文を受けて貰えなかった。その後、2010年頃再度訪問するのだが、1500名の工場に変身していた。今回は3度目となる同市にある企業訪問だが、創業者は四川省出身で、最初は広東省に出稼ぎに行き、その後2005年に先程紹介した工場で2年働き、2007年に独立して、現在は、奥さんと弟夫婦の4人が中心となっている200名強の会社である。

 レンタル工場の為、あまり綺麗とは言い難いが、1階が裁断やモールド、2階が縫製、検査、包装となっており、20名程のラインが5ライン稼働していた。工程数が多い品番の場合はラインを合併させて生産するようにしており、一つ一つの工程の設定秒数が出されており、それぞれのワーカーが本日何枚生産しなければならないのか示されている。隣り合ったミシンの真ん中に流し台があり、それが一定時間になると、設定時間に合わせベルトコンベアーのように前に進むようになっている。この様な生産をする場合、ワーカーの突然の休みで穴が空いてしまうのが問題だが、それに備えて、「備工」という人を置いている。普段はサンプル作成等をしているが、ラインの欠員に備えて、何時でもヘルプに入れる仕組みで、どの様な工程でも対応出来る多能工が担当している。

 現場は、オーナーの奥さんが管理しており、設定の秒数も彼女が経験から算出したものだ。その会社で、感心したのは残業をしないことで、中国では本当に珍しい。定時に帰るようにしており、普通は仕事が終わるとワーカーは疲れて不機嫌な顔になるのだが、ここでは、みんな笑顔で帰宅するということである。

 この会社について、どこまで信用して良いか手探りだが、品質に対する日本人の考え方を理解して貰えるなら、高速道路を使えば車で一時間の距離でもあり、今後結び付きを強めても良いと思った。

 金華市の帰りに、次に訪問したのは義烏(Yiwu)市の企業である。当社のある諸墍市と金華市の、ちょうど中間に位置する。この町は、知っている人にとっては、大変に有名な所で、日本で販売されている百円ショップの商品はほとんどここから仕入れされるといって過言でない。今回は立ち寄らなかったが、中心部に「小商品市場」があり、事務用品やおもちゃ等雑貨品を取り扱う問屋やメーカーが大変な数、軒を連ねている。高速沿いからは鉄道のコンテナヤードが見えるが、中国の「一帯一路」の政策の元、ここで積まれた鉄道コンテナが、はるばる欧州まで運ばれている。

 進出当時の2000年初頭から、訪れる度に活気を感じさせる町だが、「小商品」だけでなく、繊維に関しても非常に盛んな町で、4月に訪れた深圳での展示会でも、この町の企業が多く出品していた。

 今回は、2009年創業の成型インナーの若い会社を訪問した。責任者は若く、2007年に大学を卒業、9年に独立して今日に至っている。欧米輸出が主で、日本、韓国向けは一部と話していたが、イタリア製のサントーニ社製の成型丸編み機を65台保有している。工場はレンタルの様だが、一台の価格は30万元(約5百万円)、合計3億円強の設備資金をどの様に確保したのかは、機会があれば聞いてみたい。この町は、とても活気があり、この様な若い企業がどんどん生まれている。

 今回の出張で最終日、上海に移動する前に訪れたのが、嘉興(Jiaxing)市の企業である。この町は上海にも近く、日系の企業や、資材仕入れ先もあり、2000年に訪れた後も度々訪問している。最初に訪れた時は、商社の紹介で肌着を作っていた工場で、その会社のことは覚えていないが、お土産で渡された猪肉の「粽」(ちまき 中国語=粽子)が印象に残っている。この町にある高速道路のサービスエリアが、ティナーと上海市との中間地点にある為、常に立ち寄っている。そのサービスエリアの名物がこの粽(ちまき)で、簡単に食べられる軽食として、時々利用している。中国のサービスエリアの食事で美味しいものに出会ったことは無いが、ここの粽は美味しい。今は中国のことが詳しくなったので、猪肉と書かれていても、日本の豚肉のことと理解出来る。しかし、最初日本に持ち帰った時は、イノシシの肉かと思って捨ててしまった。

 この町は、上海に近い為か、製造業にはそろそろ向かなくなっているように思える。今回、訪れた企業も市中心部に近く、今後、何時移転を政府から言われるかと心配していると話していた。それでも、2001年創業から、一度移転をしていると聞いているが、中国の建物は10年経つと直ぐに古く思えるようになり、ずいぶん歴史のある会社に思えた。訪れたのが土曜の昼過ぎだった為か、商品の展示のしてある3階建ての管理棟には人がおらず、応対してくれた副総経理しかいない。工場も広いが人が少なく、年齢も高齢化が目立つ。

 この会社の周りは、繊維関係が多く、特に靴下の会社が多いそうだ。また、当社のブラジャー生産に欠かせない、肩紐等の細幅ゴムの会社も近くにある。ただ、人材の確保は苦労しているのではないかと思う。これは、上海近郊に近づくほど顕著で、作家山崎豊子の「二つの祖国」の取材時、通訳をした方(主人公の名前が通訳してくれた社長の名前)の会社も、かねて人集めに苦労していると聞いていたが、昨年、とうとう商売を止めた。出稼ぎに頼った運営については、そろそろ限界が来ているのかも知れない。

 紹介した3都市とも、2000年当時とは大きく変貌している。浙江省は中国の省の中でも最も所得が高いと、先に記述したが、人口、面積とも一つの国の大きさと同じサイズで、杭州市には、ネットで有名なアリババも所在している。随所に発展の矛盾も感じることもあるが、各都市が競うように目覚ましい発展を遂げている間は、立ち止まることは無さそうだ。

優れたボディファッション企業 2

 業界の動向については、前回の1で触れたが、この一、二年、AIが登場し、これから、この業界の常識も大きく変換するのでは感じている。特に、お隣の中国の目覚ましい変化は、何れボディファッション商品市場にも、ネット販売だけでなく、さらに大きな変化をもたらすのではないか予想している。

 この環境の中で、なんでも自前主義は、非効率的だと考えている。自前ばかりでは、変化への対応スピードにも問題が出てくるし、リスクも大きい。これからは、同業との連携ということも、今後の生き残りで必要と考えている。いきなり提携とはいかなくても、交流を通して、相互に学び合い共に高めていくことも重要だ。

 今回は、事業歴も浅いにもかかわらず、最近目覚ましく売り上げを伸ばしている会社があり紹介したい。その会社の最大の特色は、起業した社長が、日本人では無く上海出身の中国人ということだ。日本の大学を卒業後、貿易商社に勤務、3年後には、服装雑貨等の輸入販売会社を設立、4年前に下着部門が独立し今日に至っている。社長の年齢は私より20歳若い。

 東京の東京タワーの近くの芝公園に本社があり、今回はそちらに訪問した。本社には、約30数名のほぼ日本人で構成するスタッフがいる。また、上海市青浦区には、約200名の企画支援や物流検品を行う現地スタッフがいる。工場は6年前に安徽省の宿州に設立した工場と、河南省に4年前に設立した、1500人規模の工場を有している。安徽省の工場も元々は江蘇省の蘇州から移転したのだが、とにかく展開が早い。現在はミャンマーの開発区に土地を借りて来年を目指して工場を建設する予定と聞いている。

 また、昨年11月には、安徽省宿州の同社の工場を訪問させて貰った。その折、どの様な販売先と取引しているのか質問したが、都内のヤング向け下着専門店に並ぶ商品は、全て同社製でないかと思うほどだった。それだけ多岐に亘る取引先の受注管理、生産管理をどうコントロールしているのか、真似が出来ないことで、とても興味深い。

 今回の東京芝の本社訪問は初めてとなる。過去、今のところに移転する4年前に五反田にあった時には伺った経験があるが、前にも増して立派になったとの印象を持った。ゆったりとした空間の玄関に続くエントランスが印象的だった。商談後、会食に行く前、是非にとして案内されたのが20名は入れそうな社員用のラウンジで、四角い棚の壁面にはウイスキーやワインが飾られている。

 社長の説明では、同社は社員が若く、そんなに持ち合わせが無いので、社員同士の懇親は一般の居酒屋でなく、ここを利用するように奨励しているそうだ。冷凍食品など差し入れても直ぐに無くなってしまうとのことである。月一回土曜を出勤日にしているが、午前中全社員で方針などの会議をし、昼からはこのラウンジとエントランスで、出前を頼んで全員での懇親会を開催する。訪れた時は、桜のシーズンだったが、週末は開花中の桜の切枝を持ち込んで、花見をする予定と聞いた。自慢のラウンジで、私にも紹介したかったのだと思う。

 同社と当社だが業務の内容は似ている。共通の売り先もあり、その点ではライバルだ。しかし、共に学び合う点は多い。中国の工場の運営方法は、社長からのお話だが、進歩的で同業の中でも進んでいると感じており、それぞれの良い点を情報交換することは意味がある。また、ミャンマーに進出を計画しているが、当社のカンボジアの経験は、生かせるのではないかと思う。

 先にブログで紹介した福井のECビジネス企業や、中国ナンバーワンの下着メーカーも、それぞれ優れた経営を実践している。しかし、本業の繊維製品のメーカーで、他の業界から羨ましがられる経営が出来ている会社は少ない。やり方次第で、まだまだ改善できることがあると学ばせて貰っただけでも、会社訪問は有意義だったと思う。今後も、先方が許せば交流を続けたいと思う。

優れたボディファッション企業 1

 当社は婦人下着業界として、日本ボディファッション協会に所属している。昨年その総会で発表された統計では、この10年間で市場規模が毎年3%縮小し、10年で業界全体の売り上げ規模が2/3に縮小した。ここへきて、店舗の不振が目立ち、SPA型で売り上げを伸ばした会社も、ショッピングセンターの優劣が始まり、不採算店舗を撤退するなどで、各社売り上げを減少させている。達の悪いのは、数量は減っておらず、単価が下がっていることだ。それだけ付加価値も下がっており、資材を供給する国内サプライヤーの影響はもっと大きい。この傾向は、下着業界だけでなく、アウター等衣料品全般にも言える。むしろ、下着業界の方は環境激変が弱い方かも知れない。

 しかし、その様な環境の中でも、しっかり売り上げを伸ばし頑張っている企業がある。掲載の許可を得た訳では無いので、差し支えない範囲での紹介になるが、その様な優秀な企業も、私達の業界にあることをお伝えしたい。既に4月のブログで紹介した、県内の衣料関係のネット販売企業、海外の同業だけでは片手落ちになり、良い機会だと思う。

 最初に紹介するのは、大阪の会社だ。元々は彦根の地で創業、量販店を中心にファンデーションを販売していた。創業当時は、量販店が業績を拡大していた時期で、その伸び共に業績を拡大してきた。しかし、90年代後半から、淘汰の時代に入り、2002年には、一旦繊維商社の傘下に入り、本社を大阪に移した。その後だが、主力販売先を「しまむら」に移し、売り上げも50億を超えるまでに回復している。

 前々から、他の同業からは、同社が「しまむら」をフォローしている東京支店のことは聞いていた。現在そこには、主に営業と企画で20名を超えるスタッフが働いている。同社のデザインは売れるというジンクスが出来ており、数ある同業の中でも、抜群の信頼をバイヤーから獲得していると聞いていた。しかし、簡単なことではない。毎週月、火の商談日に気の利いた提案が出来なければ、バイヤーからは相手されない。提案だけでなくあらゆる売り場の動向の報告、商品の的確な納品スケジュールの提示等、担当者となる営業窓口は、土日を含め、24時間専念する気持ちでなければ勤まらない。また、バイヤーの多くが、TES(繊維品質管理士)の資格を取っており、納入する側の多くも、その様な資格を取った者を担当者に付けている。また、海外の展示会にも積極的に参加させており、お付き合い上、さらに、情報遅れにならない為にも、パリ等の展示会には参加している。同社の商品が「しまむら」で売れる理由も、真剣な企画提案とスピード感のあるキメ細かい対応を、常に心掛けているからだろう。

 当社では、過去、量販店との直接のお取引をした経験は無く、地理的にも、埼玉県上尾までは遠く、魅力的なお取引先ではあるが、当社の実力を考えた場合は、取引を行うことは、他社が真似出来ないオリジナル商品でない限り無理と判断している。

 量販店の衣料品売り場は年々売り上げを落としており、その分がユニクロ、しまむら、ネットが増加している。その分、しまむらへの競争も相当激しいことと思う。その様な中で、ご紹介の会社は、年々シェアを伸ばしている。大したものだ。

 今回、親しくしていた繊維商社の方が、常務として転籍されることもあり、お願いして会社訪問させて頂いた。現社長は創業者の時代からの生え抜き。現在柱になっている東京にいる幹部も、2002年に10数名にリセットした時の生き残りだと紹介を受けた。

 この業界だが、企画、営業の部隊が東京にシフトする傾向がある。大阪は、経理、総務等の本社機能だけかと思っていたが、こちらも、企画やサンプル作成の人員を含め20名を超えている。この業界のトップ企業が京都にある為か、東京でデザイナーや特にファンデーションの設計に携わるパタンナーを探すよりは、大阪の方が容易だ。東京から大阪に出張する場合は、必ず全員分のお土産を準備しなければならないのが伝統の様だ。東京、大阪併せて分厚い企画体制が出来ている。

 現社長の言葉からは、二度と過去の経験は繰り返したくないという、気概を感じる。東京の幹部を含め、そのことが、厳しい同業との競争から勝ってきた秘訣なのだろう。メインの取引先以外に浮気をせずに、そこをフォローしようとする姿勢も「しまむら」から信頼を得ているのだと思う。

 同社と当社だが、同じ業界の下着メーカーとはいえ大きく異なっている。片方は大手量販店から、商品企画を提案し受注を貰い、それを海外協力工場に生産を委託している。当社の方は、直営の海外工場で、品質管理や納期管理徹底し、そのことで生産背景に信頼を得て、主に、インナーアパレルのOEM、ODMで受注するのを得意としている。過去、量販店等の卸をしたことが無い。接点は少ないが、海外資材情報の共有化、企画の進め方や海外工場の運営等で情報交流出来ればと思う。

 今回、繊維専門商社より、親しい方がそちらに常務として転籍した。商社のテキスタイルの商売と、量販をお守りする製品ビジネスではやり方が違う。慣れるまで苦労すると思うが、是非頑張ってほしい。

深圳(シンセン)、汕頭(スワトー)出張

 今回は、深圳で内衣(下着)の大規模な展示会があるので、見に来ないかという、中国の総経理からの誘いがあり、久し振りにその地を訪問した。実に2002年以来だ。中国の事情に疎い人もいるかもしれないので、紹介したいが、深圳は香港の北隣に位置し、改革開放政策後、何も無かった所が、今や中国のシリコンバレーと言われる先端の街に変貌している。携帯電話メーカーや最先端の電子機器メーカーが割拠し、中国の中でも最も発展のスピードが速い。2002年、最初の訪問の時は、香港にヘッドオフィスを置き、深圳の工場に機械を貸与し、建屋と人の確保は地元政府が行うという、独特の委託加工取引が最盛期だった頃だった。当社も中国進出候補先として日本向け工業団地を訪問した。しかし、今はその頃とは別世界、当社の様な繊維の会社は、とっくに淘汰されたと思う。

 さて、到着した翌日は、深圳から350kmほど離れた汕頭(スワトー)の会社を訪問した。新幹線で1時間半程掛る。そこには、群雄割拠の中国の下着市場でナンバーワンとなった会社がある。こちら側の訪問も計6名だったが、先方も総経理以下、5名のスタッフで、昼食を挟んで計5時間に及ぶ訪問だったが歓迎を受けた。同社は96年創業、売り上げは20億元(340億円)、営業とデザイン関係は深圳にある。こちらの方は創業の地で、1500名程が働いている。さらに江西省に6年前に作った工場があり、そちらは3000名の規模になっている。さらに、デザインではパリにも事務所を置いている。

 この会社だが、老板(ラオパン=親分、オーナー)は機械の保全、メンテナンス出身で、とにかく技術力に優れている。とにかくミシンのメンテナンスを徹底し、アタッチメントを装着し、ミシンオペレーターの手加減では無く、未熟練の人でも、一定の力でミシンを踏めば、出来上がり寸法も一定になるという方針で、とにかくミシンの整備に力を入れている。また、自動機などの新しい設備導入でも積極的だ。

 昨年、中国の子会社には何時までもイーゲート100%の受注に頼っていたのではダメで、少しは他社の注文を自分で取ってくるようにという方針を伝え、その後、タイミングが良かったのか、先方からも日系企業に仕事を出したいというニーズがあり、それから10ヶ月ほど関係が続いている。その様な方針は設立時から言っているが、これまで他の会社とは長続きしたためしがない。今回は生産に合わせ、先方より技術者と、品質管理の人間が常駐しチェックして貰っている。そのことで相互理解も進んでいるように思える。

 仕事を始めるに当たり、当社の技術責任者の中国人の副工場長が、今回訪問した工場を見学した。その折、工場を見て大変感激したということで、慣れないながら書いた長文の日本語のレポートを受け取っている。これまで、副工場長には常に現状に満足せず、新しいことに取り組むように言っているが、自社の生産性や品質が一番だと思っているのか、これまでのやり方を切り替えるのは難しかった。ところが、この会社の管理を見て、これまで「井の中の蛙」の所があった考え方が変わったと思う。

 今回も、先方の工場の総経理から、当社の弱点への指摘があったが、これまで、私自身も改善しなければと考えていたことなので、今後の改善や意識改革に繋がると思う。

 販売は全て自社の直営店、その為、展示会へ出る必要は無く、当面国内の仕事で手一杯で、輸出には全く興味が無いとのことである。96年創業当時はOEMからスタートしたが、今でも技術革新の為、工場では10%程度OEMの受注を入れているそうだ。

 総経理の話によると、当社は他よりもコストが高い為、加工賃を高く出していると言っているが、どこが気に入って貰えたのか、もう少しライン提供を増やしてほしいという要請を受けた。こちらの会社内情は、常駐者を派遣しており筒抜けになっている。しかし、こちらが工場見学した折も、先方も包み隠さず見せてくれた。この業界では考えられない。自動機や接着加工、モールド加工等参考になることが多い。これからも技術交流出来ればこんなに心強いことは無い。良好な関係が続くことを祈っている。

 余談だが、今回の展示会には、これまで地元でもあり、地元政府との関係から毎年出展していたが、あまり意味が無いので今年から取り止めたとのことである。社員の募集だが、ほとんどが地元で若い。約1000名が工場に併設された寮に住んでいる。地元の有名企業で人気があり、今のところ採用には困っていないとのことである。

 さらに、余談だが、この汕頭市の方言は、広東省に位置するが香港で聞く広東語とは違う。このあたりから昔、華僑が多く出て、シンガポールやタイでも、ここ出身の華僑が多く、言葉に困らないとのことだ。

 さて、本題の深圳の展示会の様子を伝えなければならないが、前置きが長くなった。この展示会だが、合計7つの建物を借りて開催されており、翌日の朝から見学したが4会場しか見る事が出来なかった。とにかく驚いたのは人の多さである。香港や上海で開催されるランジェリー展は、海外のバイヤーを多く見かけるが、西洋人やインド人、アフリカ人と思える人は少ない。ほとんどが中国人で内地向けの販売で出店しているが、本当に人が多かった。中国でこれだけ内衣(下着)で飯が食えるのかと思うと頼もしく感じた。

 出展している企業だが、当社が直接買い付けている大手のメーカーは少ない。ほとんどがフリーカットやモールドカップ、さらに成型技術を使った商品で、デザインはパリのランジェリー展の流行を取り入れている。幾つもの企業が、自社ブースで実際にモデルを使ってショーを行っていた。その他、通気性を改善したウレタンメーカーや、接着用の糊やシートを販売する企業、自動延反機やCAM、さらに、ストラップ加工を自動で行う機械、ブラのワイヤーを加工する機械、フックアイを作る機械等、多くの下着関連の機械を支える企業が出展していた。そのこともあり、展示会が盛況だったのかもしれない。

 この展示会の感想だが、改めて中国の企業の旺盛なバイタリティーを強く感じた。また、当社がこれから進めようと考える課題解決に繋がる資材や機械メーカーがあり、これらを取り入れながら、さらなる革新をおこなって行きたいと思った次第である。

自衛隊イラク派遣

 少々、堅い話で恐縮だが、最近、政治の世界でスキャンダルが多く発生しており、コメントしたい。

 森友学園の問題だが、財務省理財局の局長が国会で答弁した内容に沿って、記録文書が改ざんされていることが判明した。行政が、本来、過去に起こったことを遡って内容を改ざんするということは、あってはならない事だ。この点のマスコミの主張には賛同している。しかし、一事が万事で、過去も様々な事情で恣意的な改ざんがまかり通っていたのだろう。また、それを指示したのは誰かということも話題になっているが、その後、その局長が、国税庁の長官に出世したことを考えると、その答弁に、恩義を感じた人事だったのではないかと思う。また、当事者の森友夫婦は、その後、収監されたままになっている。口封じとしか考えられない。

 次に愛媛県の加計学園の問題だが、経済産業省出身の首相秘書官が、獣医学部誘致の件で、愛媛県からの一行と会ったか、会わなかったかが、話題になっている。「記憶の限りででは、会っていない」との答弁に対し、自民党の小泉進次郎議員が、「会っていないなら、会っていないとはっきり答えれば良い」と答えていたが、その通りだと思う。愛媛県の職員の業務日報のようなものが出てきて、どうも本人が出てきて、首相案件と言ったのは事実だろう。毎日いろいろ訪問者が来て、陳情等を裁くのが多いと思われ、記憶も曖昧な所があるかも知れないが、うそを言っているとしか思えない。

 以上の二つのスキャンダルだが、「忖度」という言葉が出てきている。おそらく、二つの事案とも、首相自らが直接指示はしなかったのかもしれない。しかし、結果としての責任は重い。

今年はNHKの大河ドラマで、西郷隆盛を題材に「せごどん」が放映されている。内村鑑三の本や、鹿児島出身の稲盛和夫塾長から、大西郷の話は教えて頂いているが、世の中のトップに立つ人ほど「無私」でなければならないと、彼は弟子たちに説いている。やはり安倍首相が明治の偉人「西郷」のことを知っているなら、結果として起こった事実は深刻に受け止めてほしい。

 さて、この事とは別に、自衛隊にイラク派遣の日報が、かなり歳月が経った最近になり、世に出て来てきた。その内容にはPKO活動(国連平和維持活動)とは別の世界で、まさに戦地に派遣されたような状況が記されていた。

 昨年、地元選出の稲田衆議院議員が防衛大臣の任期中、南スーダンに、やはりPKO活動として派遣した自衛隊の日報が、大臣に報告されないまま隠ぺいされ、後から出てきて問題となった。

 何れも、建前は非戦闘地域の平和維持活動として派遣したが、実態がかけ離れ過ぎて、現場当局の責任者が、そのままストレートに報告書を出すのは憚られると判断して、隠ぺいが起こったのだと思う。シビリアンコントロール出来ていないという、一部マスコミの論評だが、事実はシビリアンのことを現場が「忖度」し過ぎての結果だと思う。政治の犠牲となったのだろう。イラク派遣だが、日米同盟を重視する政府としては、派遣は止むを得ない判断だったと思う。しかし、憲法との狭間、建前は戦地だが、戦闘が終わった地域への平和維持活動となったが、派遣地域の実情は違っていた。

 政治の世界では、建前と本音を使い分けなくてはならない場合がある。しかし、そのギャップに苦労するのは、何時も現場だ。幸いなことに、イラクでも南スーダンでも、自衛隊の犠牲者はいなかった。それだけが救いである。

感動経営

 最近、交流させて貰った会社のことについて、ご紹介したい。何れも人材採用難とは別世界の会社で、参考になればと思う。

 一つ目は、福井県の坂井市丸岡町でネットを使って、靴の販売をしている会社だ。楽天のカンファレンスで、先方から是非訪問させてほしいという依頼を受け、会社にお招きした。担当者を連れて、計6名の訪問となったが、全員が全てリクルートスタイル、とても礼儀正しかった。また、社長は、靴の小売りをしていた会社を継いで、自分でネット販売の会社を立ち上げた為か、30歳ととても若くて元気が良い。他社の良いことは何でも吸収しようとする意欲が感じられ、これからの成長がとても楽しみに思えた。社名は「感動」を「もっと」ということにちなんで付けている。

 二社目は、会社からすぐ近くで、やはりネットでの販売で、キャンプやトレッキング等のアウトドア商品を販売する会社で、楽天のショップオブザイヤーにも常連になっている。6万点以上の商品を扱っており、どの様に受注管理を含め顧客対応出来ているのか、社員を連れて伺う機会があった。その折、是非聞いてほしいとして、10ヶ年計画の説明があった。既存事業の拡大のことより、アウトドア商品について、ニーズがあった時、また、ビギナーが困ったときに時に、簡単に調べられるサイトが無い。知らない土地で飲食店を探す時に便利な、「食べログ」のような、アウトドアに特化したポータルサイトを作りたいという夢を持っている。さらに、福井県の企業として、この地を離れるつもりは無く、この地を観光に寄与するアウトドアのメッカにしていきたいという計画をお聞きすることになった。理念とビジョンが明確会社で、前に訪問した折も社員の定着率が高いと聞かされていたが、本年度は5名の社員を獲得できたとのことである。今後のさらなる発展が楽しみの会社である。

 福井県には、以上紹介した会社の他に、ネット事業で頑張っている会社が多くある。ユニフォームをネットで販売し昨年上場を果たした会社、学生時代から将来起業することを夢見て、ガウチョパンツをメインに紳士服で販売を伸ばしている あわら市の会社、「ステテコ」のネーミングで家業の小売店を下着のネット販売で伸ばしている会社等がある。

 その中で、ユニフォームの会社だが、今の社長のお父様は何度かお会いしたことがあり、設立当初から取り扱う業務内容は知っていた。また、通勤の途中にその会社の前を通ることもあり、前々から関心を持って見ていた。感心したのは、何時も社員が始業前、歩道に出て清掃を行っていることだ。さらに、今年の大雪の時は、全員で除雪に取り組んでいる姿を見て、社員のモチベーションも高く、教育が大変進んでいると思っている。今回、上場を機に本社を移転するのだが、当社の福井経編と同業だった、福井市の森田町にある名門の経編企業で、昨年廃業した福井編織さんの跡地に移転が決まり、まさに、工事の真っ最中、何か因縁のようなものを感じる。

 今まで紹介した会社はいずれも、社長の年齢は若い。翻って当社を顧みると、私自身は、既に還暦も過ぎて、ネットビジネスについても、独特の用語を覚えることも大変になっている。さらに、これまで無縁だった、マーケッティングや、ブランディングについても、一から勉強しているのが現状だ。

 話は変わるが、ちょうど9年前、下着のネット販売で、現在、第一位の京都の会社、また、第二位で、全国でも店舗展開をしている神戸の会社の社長のお話しを聞く機会が、かつて大阪であった。その当時、京都の会社は8期目、売上は11億、社長の年齢は昭和15年生まれの68歳だった。神戸の会社の社長さんも昭和13年生まれの70歳、現在でも健在で活躍中である。

 京都の会社だが、サイトを見ると「感動創造型」企業という言葉が出ている。お買いになったお客様から、また、社員に対しても感動されることを理念にしているのだと思う。9年前の講演で上場を目標としていたが、念願が叶って、一昨年上場を果たした。

 その2社のことを思うと、まだまだ、老け込むわけにはいかない。お買いになったお客様が、熱烈なファンになって貰うように、また、社員が会社を愛するようになって貰えるように、舵取りを進めていきたいと考えている。